ジャンが市長時代に助けた老人。
モントレイユ・シュル・メールで目の仇にしていたマドレーヌに救われ自らの心の狭さを恥じて改心。彼の紹介でパリのプチ・ピクピュス修道院の庭師として働く。
助けてもらった恩返しに、ジャヴェールから逃げていたジャンとコゼットを保護、ジャンを弟ユルティーム、コゼットを姪として修道院にいられるようにした。ジャンのことを「マドレーヌさん」と呼んで敬愛し、コゼッ
トのことは「お嬢さん」(のちに「コゼット」) と呼び、孫のように可愛がった。
1830年秋に死去、コゼットから本当のおじいさまのようだったと語られる。続きを表示