「遠月十傑評議会」の第五席。
モヒカン頭で、顔に横一文字に走る大きな傷があり、木製の鞘に収めた刀の様な巨大な包丁『いさな斬り』を持ち歩くなど、少々浮世離れした身なりをしている。
「武士道を志すあまり、どうでもいい事に武士っぽさを見出してはこだわり抜く」と癖がある(女木島曰く、面倒くさいらしい)。
他の十席5人と謀って薙切薊に加担し、薙切仙左衛門を総帥の座から追い落とした。
中枢美食機関(セントラル)発足後は薙切薊の方針に賛同しなかった第三席の女木島冬輔が除名されたため、新たに第四席となっている。
美作のトレースにより、一人称が拙者であることが判明したが、一人称は基本は俺で本人曰く「武士道を重んずる俺でも『拙者』などとは言わぬ」と言って否定したが、十傑の3年からは「言う」と言われてしまった。小林竜胆によると時々、拙者と言うらしい。本人は無自覚だったらしく、そう指摘された時は動揺した。
対創真戦ではやっぱり拙者と口に出してしまった。
2ndBOUTの美作戦では「まぐろ十貫 小玉紅玉寿司(こだまルビーずし)」を披露し、「隠し包丁」の差で僅かの差だが圧勝した。
3ndBOUTの創真戦では最初は創真を「ヤバイ」と言わせたほどの「バター海鮮丼」を披露するが、創真が今までの遠月での研鑽を集約させた「バターピラフ稲荷ずし」を出したことで完敗。強い相手と戦えたことを喜びながら「武士道はお主にあり」と称賛した。
遠月学園卒業後は実家へ戻り、来年の春まで予約が取れないほどの繁盛店にしており母も復帰している。続きを表示