10年以上の監督歴を持つ。非常に気が短く厳しい人物で、試合中わずかでも気を抜いたプレイを行った選手は怒鳴りつけ、思い出すだけで部員たちが冷や汗を流すほどの厳しい練習を課すが、部を辞めようと考えていた魚住を励まして説得し、海南戦前には猛練習に耐えきった選手達を労い褒めるなど部員たちを思いやる面も見せる。魚住が入部してからは、本気でインターハイ出場を視野に入れスカウトに奔走。三井、リョータ、流川へのス
カウトは失敗に終わったが、東京の中学から仙道を入学させることに成功した。その後、入部当時は挫折しかかっていた魚住を神奈川トップクラスのセンターに、ひとりのスコアラーに過ぎなかった仙道を一流のオールラウンダーにそれぞれ成長させた。続きを表示